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合格者の声

見事合格した生徒たちにインタビューを行いました

  • 清瀬高校 合格

    N.Nさん

    母の勧めで清瀬へ。両親への感謝。

    ここへは、兄が入っていたこと、中1の期末テストで赤点をとったこと、親から推されたことがきっかけで入塾しました。入塾直後、本橋先生に対して怖そうとか、あまり関わりたくないとかそんなことを思っていました。塾での勉強では、宿題をやってこなかったり、チェックテストが全然できなかったりで、1番手のかかる迷惑な奴だったと思います。すみません。それでも、色々言われて、最初は嫌々宿題をやっていました。めんどうだったし、やりたくない、って思っていました。そんな私でも、やっていく内に分からない所が分かるようになって、段々自分の成績が上がっていくことに達成感がありました。塾での定期試験では最初の数学の結果が悲惨で、でも吉田先生や寒風澤先生のおかげで今では全くできなかったところができるようになって、嬉しかったです。志望校の決定は、母の意見が多く反映されました。最初は今の内申で行けそうな高校にしようとしていました。しかし、母は「あんたなら清瀬がいいんじゃない?」と言ってくれて見学にも一緒に行ってくれました。清瀬は私が行きたいと思うイメージに合っていたし、ここに絶対入りたいと思える所でした。合格した時は、これは幻覚で、目が都合の良いように見せている錯覚なんだと思っていました。でも何度見ても自分の番号は確かにあって、嬉しすぎてよく分からない心境でした。これは夢なのかとも思って頬をつねってみたりもしました。その後も実感が湧かなくて、まだふわふわした気持ちです。
    エースの先生方について。
    まずは本橋先生。一番私たちのことを真剣に考えてくれて、一番真剣に怒ってくれた本橋先生。社会のノートに写す宿題もまともにやらなくて、学校の定期考査前に凄く怒られた。あの時は苛々したし、何だよと思ってたけど自分が全面的に悪い。大切な12月17日にも来られなくてごめんなさい。インフルぐらいならなんとかなると思っていた自分が馬鹿でした。英語の過去問も、社会の過去問も、研究しなければいけなくて大変だった。でもそのおかげで今の自分があると信じています。2年間、お世話になりました。本当に、ありがとうございました。

    寒風澤先生。自分は数学が大の苦手で、しかもろくに質問もしないから、成績も上がらない。でも、定期考査前に補習をしてくれて、自分も忙しくて大変な筈なのに、ありがとうございました。過去問では60点程度しか取れなかった私が当日70点以上取ることができたのは寒風澤先生のおかげです。
    この塾に入る前までは、数学は苦手で大嫌いだったけど、この塾に入ってからは、ほんの少しですが、数学を好きになることができました。雪が降る日は足下に気をつけて、骨折しないように歩いてくださいね。
    高倉先生。塾に入った私の一番最初の授業が高倉先生の英語でした。その時は丁度同士の過去形や進行形のチェックテストをやっている時でした。最初は全然できなくて、赤で答えを書いてばかりでした。3番教室で、私に一から動詞の過去形を丁寧に教えてくださり、ありがとうございました。それからは本橋先生の教室に移ったので、授業でお会いする機会はなくなってしまいまったのですが、その後の面談では私を励ましてくださったり、大丈夫だと力強く言ってくださったおかげで勇気を出せました。今まで言える機会がなかったのですが、字がとても綺麗で羨ましいです。
    吉田先生。最初に私に数学を教えてくれたのは吉田先生でした。一次関数でつまずいて、何も分からなかった私に、吉田先生は優しく丁寧に教えてくれました。そのおかげで入試の関数の問題も解くことができました。入試の前日、LINEで「できる、できる、できる」と送ってもらったおかげで入試当日はあまり緊張せずに問題に取り組むことができました。カイロもあったかくて、勇気をもらうことができました。理科が苦手な私に優しく教えてくださって、欲しい冊子もすぐに用意してくださって、本当にありがとうございました。次に来たときも、元気で優しい姿を見せてくださいね。
    最後にエースの母、岡田先生。授業中なのに授業に集中しないし、落書きを始めたりして迷惑だったと思います。本当にすみません。でも、いつも優しい笑顔でかわいい岡田先生が大好きです♡いつか水曜日に遊びに行った時は、笑顔で答えてほしいです。岡田先生の言う通りボキャ貧だけど、これからは今まで以上に本を読んでボキャブラリーを増やしていきたいと思っています。次に会った時は、少しでもボキャブラリーが増えていたらいいなと思っています。
    受験勉強を通して得たことは、やはり「努力すること」だと思います。中3になるまではまともに勉強していなかった私が、清瀬に合格できたのは、先生方と、親と、それから私自身の努力のおかげだと思っています。勉強での失敗は「もっと早くから努力すべきであった」という点です。めんどうだからと手を抜いていたせいで、怠け癖がついてしまい、集中力も続かない。最初から努力していれば勉強癖もついただろうと考えると、やはりそこが失敗だと思います。
    後輩へ。合格したかもしれないし、残念だったかもしれない。でも、高校に入ったからといって人生すべてが決まった訳じゃない。君たちは何者でもない。何者にでもなれる可能性を秘めている。まだこれからだ。諦めずに頑張れば、その努力は裏切ったりしない。君の未来に栄光があらんことを祈っています。
    高校へ入学したら、ピアノをまた再開したいと考えています。部活は、美術部か吹奏楽部か。音楽と美術が好きだから、選択の授業は迷ってしまうけど、音楽をやりたいと考えています。できればバイトをして、少しでもお母さんを助けてあげたい。

    お母さんへ。今まで女手一つで育ててくれてありがとう。末っ子で一番わがままで怒ると一番めんどくさくて、でも見限らないで育ててくれてありがとう。子供を育てる大変さは、私にはまだ分からない。だけど、仕事をしながら、手のかかる子供を4人も育ててくれて、本当にありがとう。受験の日も、合格発表の今日も、笑顔で送ってくれてありがとう。普段は恥ずかしいから全然言わないけど、大好きだよ。お母さんの所に産まれてこられて、本当に幸せだと思う。裕福な暮らしじゃないけど、今まで特に不自由なく暮らせたのは、お母さんのおかげだよ。本当にありがとね。いつか大人になってちゃんとお金が稼げたら、お母さんを旅行に連れていくね。今までもらうだけだった愛と幸せはきっちり返すから、覚えておいてね。勝手にいなくなったりしたら許さないからね。

    お父さんへ。声も、仕草も、正直いって全然覚えてない。覚えてるのは、遺影の写真と、血を吐いてたおれたところ。葬式の様子も全く覚えてなくて、お母さんに「パパは?」なんて聞いたかもしれない。でも、今は寂しくないよ。お父さんがいつも見守ってくれていると私は感じているから。生きている人と死んでいる人は会うことはできないけど、お父さんはいつでも見守ってくれていると信じています。何も覚えていなくても、これだけは言えるよ。お父さん、大好きだよ。この世に生きることができて幸せだよ。本当に、ありがとう。

    2018年3月1日

  • 合格

    E.Eさん

    受験勉強を通して、勉強が楽しくなりました。

    僕がエースセミナーに入塾したのは中学二年生の時で、塾はどこでもよいと思っていました。だから最初はあまりやる気がでなくて、定期テストの点も上がらずに塾がつまらなかったです。しかし、一学期の期末テストから変わりました。本橋先生の英語の授業形式に慣れてきて、そこからはいままで感じたことがないくらい理解ができるようになりました。その結果二年生の一学期期末テスト以降、どんどんと点が伸びていき、ついには5教科合計450点までいくようになりました。このことがあったからこそ、内申も大きく増え、上の高校を狙えたのだと思います。今思うと、自分の中で何かが変わった一つ目は、この二年生での経験だと思います。この二年生で先生方の熱意に出会えていなかったら塾もやめていたし、定期テストの点数は下がり、竹早高校は夢の世界だったと思います。そして、先生方の熱意があったからこそ、三年生になってからでも頑張れたのだと思います。
    二つ目に自分が大きく変わったと思うのは、やはり夏休みでの塾での日々だと思います。その時自分の胸の中にあった本当の思いは「兄に負けないくらい勉強して、自校作成校を受け、兄に勝つ」という今思うと滑けいな目標でした。当時の僕は、志望校に合格するより兄に勝ちたい、という思いの方が強かったのだと思います。そのおかげで内申を上げることに対してはやる気が出たものの、兄が受けた日比谷高校は実感が湧かなすぎて勉強に集中できないでいました。そこで寒風澤先生のビデオを見て、先生方の話を聞いているうちに、大切なことに気づかせてくれました。それは「受験は自分との勝負だ!」ということ。その当時の自分は、周りの人のことしか考えていなくて、全く自分に向き合えていませんでした。だからこのことに気付いた時、「はっ!」と声に出してしまうくらい驚き、そして恥ずかしかったです。そして、次の日から自分のことに集中して自分の志望校(当時は文京高校)の受験のための勉強に臨めるようになりました。
    志望校を決める上で一つ大きな悩みとなっていたのが城北高校です。問題レベルは自分の想像のつかないくらい高く、自分は合格できるのか、ととても不安が大きかったのを覚えています。しかも兄は城北高校に受かっていてその重圧はとても大きかったです。けれど、挑戦は大事だと言いきかせて、受けることにしました。結果は合格で、今振り返ると学んだことが多く、いい経験だったと思います。その学んだことはたくさんあるので全て語れませんが、一つ自分の中で大きかったものだけ話します。それは自信です。難しい問題でも合格できた、という思いや、高校でも偏差値が70以上とれていて、自分の憧れでもある兄と同じ高校に受かることができた、という思いがその後の都立受験を支えてくれたと思います。
    話は変わって都立受験について語ろうと思います。僕は9,10月頃に第一志望を竹早高校にしました。理由はいろいろあって、校庭が小さいことや、行きたい大学へ進学している人がいることなどがあり、絶対に合格したい、と思っていました。そして3月1日、合格していることを知って、まず最初に思ったことがとっても楽しみ、ということでした。楽しみ、というのは高校生活のことで部活だけでなく学問で自分の知らない領域に足を踏み入れるのが楽しみということです。そして、それが第一志望でできる、というのは幸せなことだと思いました。
    次に思ったのが先生方についてです。すいません、一番ではなくて。やはり、最初の方で述べた通り、先生方の熱意があってこその竹早高校の合格だったと思います。なのに電話が遅くなってしまい、すみませんでした。僕も先生に電話をしたくてムズムズしていたのですが、車の音がうるさくてなかなか電話できませんでした。
    最後に胸裏に浮かんだのは家族の姿でした。城北の過去問を解いていて分からない所があった時に教えてくれた兄。いつも応援してくれて、すいせんの時には小論文の研究を一緒にしてくれたお父さん。そして、書類をしっかり管理してくれたお母さん。とても感謝しています。
    受験勉強を通して、強く感じたのは、勉強は楽しい、ということです。本当に入試直前の二週間でしたが、その間、問題を解くのがとても楽しかったです。今、後悔をするならば、早めから勉強をたくさんして、勉強を楽しみたかったです。
    高校に入学したらキノコと多く触れ合いたいです。そして、勉強を楽しみたいです。このような楽しみを盛っていると、勉強のやる気にもつながると思うのでぜひ楽しみは持ちましょう。
    最後に、いつも支えてくれたお父さん、お母さん、本当に、ありがとうございました。

  • 合格

    D.Dさん

    世界一生徒思いの、世界一みんなが愛している塾。

    私がエースセミナーに入ったのは、たしか小学校5年か6年の時で姉が入っていたので入りました。初めは本当に入るのが嫌で姉は4年生から入っていたのに私はずっとねばって入りませんでした。入ると決まった時も1人で入りたくないと半分むりやりに小林さんをつれてきました。最初の授業は、吉田先生の数学でした。さされて答えられなかったらどうしようとずっと緊張していました。でも答えられなくても、すぐ教えてくれたのでとてもうれしかったです。
    塾では、集中して勉強できたこともあったし、できないときもありました。そんなときは先生にばれない程度に少し休憩しながら頑張っていました(笑)成績は、良いときもダメなときもあったけど、塾がなかったらここまでこれてないです。本当に本当に感謝しかないです。定期試験は、結果がかえってきた時、いつも現実を見せられている感じがしたけど、入試が近づくに連れて結果がよくなってきていて、当日の自信にもつながりました。
    志望校は、とにかく姉と同じところは嫌だと思っていました。でもどこを見学に行っても姉と同じところ以外にいい所は見つからず、けっきょくその高校を受けることになりました。決まった時、私はもし落ちて比べられたらどうしようとか、親をがっかりさせたらどうしようと思っていました。でも、塾の先生方が、「児島なら大丈夫」といってくれたり、お母さんが「○○は○○だよ」といってくれてそこにしようと決心しました。
    結果発表の日は、心臓痛くなるほど緊張をしました。私は目が悪いので合格表示は見えなかったけど、お母さんが「あった!」と私の手を握って喜んでくれて本当に本当にうれしかったです。すぐ塾に電話をして先生たちと話している時、今までのことを全部思い出して涙がでてきたので早く電話をきりたかったです。でも先生たちの言葉をいただいて、あらためて頑張ってきたなと思いました。
    そんな、エースセミナーの先生方は本当にいい先生方です。
    まずは国語の岡田先生。岡田先生は、おばあちゃんみたいなやさしさでいつも教えてくださっていました。入試前のガイダンスの時岡田先生に手をポンとたたかれて、「頑張ってきてね」といってくださって、前週雨の日も風の日も休まず、エースセミナーに来てくださった先生の頑張りをむだにしてはいけないと思いました。
    次に高倉先生。高倉先生は、いつも私達を支えてくれてるなと思っていました。まだ3年生なりたての時、先生と進路相談したのを覚えていますか?覚えていないと思います。でも本気で悩んでいた私とちゃんと向き合って夜おそくまで、相談をうけてくれたのを私は今でも忘れられません。いつもテンションがよく分からなかったけど、みんなをいつも見守ってくださる高倉先生が大好きです。
    次は寒風澤先生。「○○ならできる」「大丈夫」といつも言ってくれて心配してくれないのが少しさみしかったけど、いつも元気と勇気をもらっていました。家族のことも気にかけてくれて、うれしかったです。ガイダンスの先生の話は、いつも感動して大好きでした。
    次は本橋先生。本橋先生には本当にお世話になりました。感謝、感謝しかないです。先生はいつも「○○さんは自分から努力する」というけれど、うそです。私は先生から努力することの大切さを学びました。入試の時、何度も先生の顔がうかびました。これから先生、嫌なこともたくさんあると思うけど、私も先生みたいに、先生が教えてくれたように、努力し続けます。本当に大好きです。
    最後に吉田先生。吉田先生がいなかったら、こんなに頑張ろうと思ってなかった、と思います。入試直前まで質問し続けても、嫌な顔せず教えてくれました。いつもこじちゃんって呼んでくれてうれしかったし、いつも明るくしてくれて本当に大好きです。先生と出会えてよかった。一生忘れないです。
    私はこの一年間つらいことも泣いたこともたくさんあったし、何度もやめようと思いました。でも、周りの先生や友達、家族が支えてくれていたからこそここまでこれたのだと思います。本当に頑張ってきて良かったと心からそう思います。
    でも後悔もたくさんあります。一番は親です。毎日夜ごはんや、家事なども、私に気を使ってくれていました。なのに私は、もんくばっかりで、けんかした時もただ泣いているだけでした。先生にもいつも「お母さんに感謝しなよ。」といわれていたけど、照れくさくてありがとうも言えませんでした。本当に後悔しています。
    後輩へのアドバイスはとにかく、周りに感謝すること!です。そうすれば、自分が勉強をする意味が自分のためだけではないことが分かると思います。
    エースセミナーのファミリーであることをほこりに思って頑張って欲しいです。
    高校に入学したら、部活を頑張ります。自分が今までがまんしてきたダンスを思いきりがんばります。
    最後に、お父さん、お母さん。
    お父さん。いつも仕事で帰ってこない日があったりするけれど、たいへんなのに家にいるときはうちのしょうもない話を聞いてくれてありがとう。
    いつもそっけないけど、いつも心配してくれているのを知っています。
    休みの日は、どこかつれていってくれたり、本当にありがとう。
    お父さんのがんばりを見て、いつも喜ばせたくて勉強も頑張れました。
    そしてお母さん。
    一番つかれているのはお母さんだと思います。姉妹でダブル受験でピリピリしてけんかも多かったけど、いつもお母さんはとめてくれました。
    いちばん休みたいのはお母さんのはずなのにいつもあまえてばかりでごめんね。
    自己採点で400点以上とれて見せたとき、お母さんが泣いていたのはびっくりしました。お母さんに少しは恩返しできたかな。これからもよろしくお願します。

    本当に、エースセミナーが大好きです。エースでよかった。
    エースセミナーは世界一生徒思いの、世界一みんなが愛している塾です。
    これからも、そんな家族のような塾であってください。
    本当にお世話になりました。ありがとうございました!!

  • 合格

    C.Cさん

    併願をとらない不安との戦いでした。

    約1年間、本当にお世話になりました。中2の冬、エースセミナーに入った私は一般動詞とbe動詞の違いも分からず、本当に勉強が嫌いでした。夏期講習までは部活もあり受験への危機感など全くありませんでした。夏休みに入り、高校の説明会に行くと、自分のヤバさにだんだん気づきとても不安でいっぱいでした。
    私とみんなの違いは併願をとらないこと。最初はとりたくてもとらせてくれない親に反対ばっかりして毎日けんかでした。でも私が私立に行ったら、今より親が大変になる、高校受験をする兄弟がまだ2人いる、親の事を思うと併願をとらないというのが私の決心でした。
    それから、私は「併願がない」という不安をかかえながらの毎日がはじまりました。夏休み明けはその不安からうまく勉強がすすまなかったり、だめだと分かっていても親につよくあたってしまう日々でした。でも、志望校が決まり仮申請が出てからは「やるしかない」と常に思うようになり、頑張りました。過去問を解き始めてからはやれば出来るようになることが少しずつうれしくなり、特に数学は暇さえあればやっていました。本を読まないことから長文読解が苦手だった国語と英語も少しずつ、自分の実力に合わせて自分なりに頑張りました。そのおかげか今まで何回も模試や都立形式の問題をといてきましたがその中でも本番で過去最高の点数を出せたのが国語と数学と英語でした。1年前、怒られても勉強をしなかった私がここまで頑張ってこれたのは親が選んだ「併願をとらない」ということだと思います。最後まで気を抜かずがんばれたのはこの選択があったからです。本当に親には感謝しきれません。エースセミナーは週3日で3万円弱と安いですが、受験期は毎日のように呼ばれて…でもあたりまえのように毎月払ってくれた親は、今思い返すとすごいなと思います。人生で一番親とけんかをした一年間。それをくつがえすように高校生活を楽しみ、親と仲良くしたいです。
    そしてこの1年間で私を支えてくれた先生方に普段は言えないことを言います。
    まず吉田先生。いつも笑顔でやさしい吉田先生。合宿、集中訓練、たくさん体調を崩し迷惑をかけました。時に厳しい吉田先生の授業はどんなにつかれていてもやる気の出る授業でした。そのおかげで定期テストは44点も上がり、入試当日には過去最高点を出すことができました。私の頑張りや成果を素直に喜んでくれる先生。いつしか定期テストは先生の喜ぶ姿をささいに想像しながら努力するようになりました。唯一、克服するのことのできなかった理科。吉田先生から学んだたくさんのことを活かし絶対克服します!今まで本当にありがとうございました。
    高倉先生
    先生は表には出さず裏で支えてくれる先生でした。塾に来るとファイルがやぶれそうなくらい厚い冊子をくれる先生。土曜日に理社に来るといつも仕事をしている先生。そんな先生の授業がこの一年間で一番成長できた気がします。エースに入って最初の面談で先生の言われた本を読むこと。私はその日から少しずつ読むようになりました。文を読むことが本当に大嫌いな私でしたが、国語と英語であれだけの点数をとれたのは先生の努力が原動力です。普通は辛口の先生ですが合格を報告した時の先生の声が本当にうれしかったです。本当にありがとうございました。
    本橋先生
    水曜日以外はいつもエースにいて私たちのために何かしらしている先生。運動会まで見に来てくれていて思いやりがある先生だなと感心してました。そんな反面、頑張ろうと思っても心のどこかで行きたくないと思っていた土曜日。辛かったけど毎週通うことができたのは先生の努力をささいに知っていたからです。雨温図が分からなくて怒られた日、今でも覚えています。分からない自分がいけないのに何度も塾をやめたいと思いました。でも頑張れて本当に良かったと思っています。正面からぶつかり、自分を信じつづけてくれた先生に感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。
    寒風澤先生
    合宿の深夜学習で私が分かるまで付きっ切りで教えてくれた先生。そんな先生のガイダンスでの動画は本当に私を頑張る気持ちにしてくれました。先生のつくってくれる動画には私の再出発と思わせてくれるような言葉がたくさんありました。勉強面ではなく精神面としては一番支えてくださいました。都立一本という壁をのりこえられたのも先生のおかげです。本当にありがとうございました。
    私はめんどう見がいいことを活かし保育士になろうと思っています。そして高校では特進クラスに入ろうと思っています。エースで頑張った努力をムダにせず本当にがんばろうと思っています。一年とちょっとでしたが本当にありがとうございました!

  • 合格

    B.Bさん

    受験が怖くて、つらくて、逃げ出したくて、泣いた。 でも、その涙がむだにならなかった。

    「来週、エースの体験行ってきて。」お母さんにそう言われたのが入るきっかけでした。最初は何か新鮮でいっただけでちょっと頭がよくなった気がしました。でも入塾してちょっと経った頃から宿題をさぼるようになりました。当時、私は、ダンスをやっていて塾も途中で相対してそのままダンススクールに行くほど忙しかったです。初めて2つのことを両立するのは、大変でけっこうきつかったです。4年の後半から入って、勉強が得意になるのかな!?とか思ってたけど実際通うと、宿題もろくにできなくて、その上、成績も別に上がらないしこれ行ってる意味あんの?って思ってました。もともと、勉強が体嫌い!!でした。本も嫌い!机に向かう時間もほぼないし。とにかくバカでした。総学校の頃は、クラスでバカ呼ばれされてたし、バカキャラでした。でも、そんな私も中学生になって、勉強とちゃんと向き合わなければいけない歳になりました。中1の最初のテストは英語以外悲惨なものでした。バスケ部に入って、勉強する時間は塾以外ありませんでした。どんどん分からなくなってどんどんおちこぼれていきました。勉強よりバスケに中1,2はかけていました。そんな青春の一部であった部活も終わって、やっとやっと、勉強、つまり受験というものが見えてきました。周りも、自分も近づくにつれて、やる気モードになってきて、等に合宿から変わっていきました。合宿の前にあった集中トレーニングの英数の3日間。あれは今思い出すだけでもイヤです。関数の全部が分からないから、どうしようもなくて、本橋先生に、叱られながら、泣きながら演習もんだいを解きました。周りは「終わりました。」って先生に提出して、次に取り組んでいるのに、「あれ?」解いても解いても分からなくて、悔しくて、悔しくてたまりませんでした。その時、自分がきらいになってしまいました。自分って、クソだなって。でも、合宿で同じもんだいのプリントと冊子が配られて、ゼッタイやってやる!って思って、強い気持ちでのぞみました。そしたら、全部できて、そこで初めてあの3日間は宝物だ。って思いました。まず、これが1番最初の壁でした。
    私は中2の時から、保谷に行くって決めてました。だから、ゼッタイに合格したくて、中3はまじで勉強頑張りました。でも、まだまだ大きな壁がありました。倍率が出て「おいまじかよ!」ってかんじでした。めっちゃ落ちるやん。って、その数字を見た夜は、泣きながら寝ました。次の日、目がはれていて、重かったです(笑)。それにVもぎ。あれは全部、悪い判定でもうイヤになって、Vもぎ、大嫌いです。判定が出る度に泣いて泣いて。その度に、もっとやってやる!!!って、そうやって、本番までに何度も自分を奮い立たせていきました。1月、お父さんが、3階の部屋をゆずってくれて、毎日夜遅くまで勉強する日々が始まりました。2月~当日までのこの期間は本当に死んでいました。ストレスもやばかったしプレッシャーと不安にとりつかれてて、人に優しくできなくて、食に走っていったし、勉強はつらいし、最悪な時でした。それに、私立の人たちが合格していって、あとは終わってないのは、自分だけで、それも、何か、私立の人に対して、おめでとうって言えませんでした。てか正直、腹が立ってました。それほど自分のことで精一杯でかなりおいこまれてました。そんな私がここまでこれたのは家族がいたからです。勉強してると「頑張って!!」って、おかしをもってきてくれる妹、悩みがあると聞いてくれて、いつも背中を押してくれた兄、いつも「頑張ってって、もうみゆうは頑張ってるよね。」って、「今日は焼き鳥!」「今日はごはん何がいい?みゆうの食べたいもの作るよ!」って毎日笑顔でおいしいごはんを作ってくれたお父さん。「みゆうはえらいね。」「みゆうは強いからきっとだいじょうぶ。」「インフル予防してよ!」って、いつも気づかってくれて、「少しでもみゆうのそばにいてあげたいから。」って仕事を何回も休んで、そばで一番支えてくれたお母さん。本当に、この4人がいなかったら、受験を乗り越えられなかった。合格発表の日も「合格おめでとう!」ってみんな言ってくれて、家族って、人生の最大の宝物なんだなって改めて思いました。合格を誰よりも喜んでくれて、うれしかったです。そして、塾の先生。先生達には一生頭が上がりません。寒風澤先生。寒風澤先生は本当大好きです!いつも、「本木。」「本木!」って気づかってくれて、数学を何度も1対1で教えてくれて、いつもよくしてもらって、相談はよく寒風澤先生にしてましたね!寒風澤先生に合格しました!って言いたくて、絶対言いたくて、必死に頑張りました。
    そして本橋先生。私、本橋先生と出逢えて本当よかったです。私がこんなに英語が得意になったのも、数学を克服できたのも全部×2本橋先生のおかげです。本橋先生の授業は誰よりも分かりやすくて、楽しかったです。いつも、部活のこととか、家のこととか、話をきいてくれてありがとうございました。本橋先生が教えてくれた英語と社会。これがなかったら、きっと受かりませんでした。本橋先生の優しいとこ、ちゃんと私は知ってます!本当にありがとうございました。
    高倉先生。高倉先生は、字がうまくて、とにかくやさしい。たしか、小5?6?のとき、塾の読書作文を書いてそのとき、文章うまいね。って、言ってくださって、それは本当にうれしいものでした。高校でも、古典がんばります!
    吉田先生。吉田先生は、何かお父さんみたい。
    何でもお見通しで、優しくて。人のために生きようって思ったのは、吉田先生をみて思ったことです。
    質問に対応してくれて、ありがとうございました。

    私は、受験って、本当すごいものだと思います。
    一人ではなく、塾の先生、家族、友達、みんなと一緒に戦う。そして、つらくてつらくて、苦しい日々を越えて、努力して努力した者にはサクラが咲くこと。努力は本当うらぎらない!!って思いました。
    合格したこと、あの高校に通えること、あの制服をきれること。今でも信じられない!うれしすぎる。
    ただただうれしい。今まで頑張ってきてよかった。努力してよかった。泣いて泣いて、この一年、どんだけ泣いたんだろうってくらい泣いてた。
    受験が怖くて、つらくて、逃げ出したくて、泣いた。
    でも、その涙がむだにならなかったこと。
    それが1番、よかったって思う。

    高校では、色々なことに挑戦したいです。それで、自分を磨く。

    将来、看護師になりたい。

    また勉強する。これから先ずっと。
    また、泣くかもしれないけど、その度に強くなって、いつか、立派な大人になれるように、努力し続ける。

  • 合格

    A.Aさん

    “母に認められたい”。両親に支えられて成長した高校受験。

    エースに入塾したのは中学1年生の10月頃でした。中1の前期の成績が伸びず、母親が塾探しをしまくった結果、たどり着いたのが、エースセミナーでした。正直、習字や英語、KUMONに行っていた私は、新しい習い事を始めたら、多忙をきわめるのではないかと塾には入りたくありませんでした。でも、今までやってきた習い事も、すべて母の推めがあり、入ってどの習い事も入ってよかったと思えるものだったので、母を信じ、この塾に入ることを決めました、習字、英語。KUMON、エースセミナー。部活動にも入っていた私は、中学2年生の時に限界を感じて「英語とKUMONを辞めたい」ということを泣きながら母に伝えました。それを言った母は「ここで諦めるの?」と私に言いました。自分の中でもやり切れなかったという思いはあったので、すっごく悔しかったです。そのことについて1週間話し合いをして、結局辞めることになりました。今でも正直悔やんでいます。でも、その時に「この悔やしい思いをエースセミナーで全部晴らすくらいやる」と決心しました。エースセミナーで問題演習、授業をしていくうちに、みるみると成績が伸びていき、自分でも驚いたことを今でも覚えています。中学2年生の終わりの方に、今までのKUMONのプリントを母が片付けていました。その母の目には涙。あまりに突然のことだったので、「どうしたの?」と私がききました。すると母が私に「もえちゃん、ごめんね。KUMONでこんだけプリントやって、教材も高校生のまでいって…。えらかったね。よくがんばった。」と言ってくれました。あれだけ厳しい言葉を投げかけられていたために、最初の方は理解できなかったけど、すっごくうれしかったです。というのも、母も父も、学校の定期テストで100点をとっても、「そりゃ、学校のテストだもん」というからです。母が泣くまで私の成果を認めてくれたことは一度もなかったので、その時は「もう1回母を泣かせるぐらい、やる」と改めて決心をかためました。今考えると、何から何まで母だった気がします。高校のことも、今思い返すと母は中1の最初から探してくれていました。説明会にも私より多く行っていました。一緒に行った説明会でも。グイグイ学校側に聞いていました。わたしはそんなお母さんを今も尊敬しています。定期テストの結果を見せても、「あー。もえちゃんは、あともうひとおしが足りないんだよ」と何回言われたか分からないぐらい言われました。言い返したくてたまらなかったけど、高学歴だし、言っていることも正しかったので何も言えず、部屋で服をなげてストレス発散してました。でも、そのすべてが私の結果につながっています。全部、母に言われた悔しい言葉がばねになって、「見返す。見返す。みてろよ。」と思っていました。母にはかなり支えられたなと感じています。母ほどではないけど、父にも今になってかなり助けられたと気づきました。私の前では、「パパはお金を払うだけだから。受験で失敗しているパパより、ママに何でも聞いた方がいいよ。」と笑いながら言っていました。だけど、私のいない前では、母に私の勉強状況を聞いていたそうです。それに、今も昔も誰よりも、高校のホームページを確認していたのは父でした。仕事の休み時間にも毎日のペースでチェックしていたそうです。「2回浪人して、失敗しまくっているパパにはダメだから。」と何度言われたかわからないけど、陰でずっと支えられてきたことが分かりました。「私立で大学がついている高校がいい」と失敗している父だからこその言葉が私の成功につながっていると感じています。父が行きたくても行けなかった大学。その悔しさを私が晴らしました。うれしかった。素直にうれしかったです。母には、結果発表の電車の中で、「もえちゃんは、パパにもう1つの親孝行したね!」と言われて、そのことを強く実感しました。

    最初のエースセミナーの先生方の印象は、パワフル。どんなに多くの質問をしても、あきれず最後まで教えてくださいました。本橋先生の授業は、正直かなり怖かったです。毎回毎回、ちょっと緊張気味でした。でも、厳しくもやさしい本橋先生の授業が、私の将来の夢を決めるきっかけにもなりました。私は、英語が大好きです。そのきっかけも全部本橋先生です。私の将来の夢が決まってしまうぐらい、本橋先生のパワーはすごいと思います。これから受験を迎えるみなさん、本橋先生を信じて!
    吉田先生。私がぼーっとしたときに口があいてしまうのを指摘してくれた先生です。でも、私がエースの先生方の中で一番多くの質問をしたのは吉田先生だったと思います。どんなに夜が遅くても、ずーっと開設してくださったのは吉田先生です。忘れません。ありがとうございました。
    寒風澤先生も、私の口があくことを指摘してくださった先生です。授業中はおもしろいことを言いながらも、常に分かりやすい授業を提供してくださいました。冬休みも、だるま、チョコレート、色々なもの、全部お守りになって、当日無事成功しました!私、数学が好きになりました!
    高倉先生は、私は特に冬休みの時が1番お世話になりました。常に冷静に、当日どの順番で問題に取りくんだらよいのかや小論文などの指摘をしてくださいました。そのアドバイスを最大限に生かしてすべてのことに取り組むことができました。今までくださったすべてのアドバイスを高校生活にも生かします!
    私は、両親とも相談した結果、大学受験に挑戦するつもりです。これからどうなるのかはまだ分からないけど、私は、自分が自分で悔やまないよう、努力をしつづけたいと思います!有言実行!私のスローガンにします!大学受験が終わったらまた報告に来ます。
    本当にお世話になりました。ありがとうございました。